[核変換] 核のごみを無害化 「常温核融合」の遺産を利用


[日本経済新聞電子版2015年6月15日配信]
有害な放射線を何十万年も出し続ける「核のごみ」などを、無害な別の物質に変えてしまう「核変換」。東京電力福島第1原子力発電所の廃炉処理にも 役立つと期待されるが、実現には大がかりな装置が欠かせないと考えられている。だが東北大学と三菱重工業が組み、核変換を簡単な装置で実現できるかもしれない研究が始まった。そのきっかけとなったのは、かつて誤りとされた「常温核融合」の研究だ。
■東北大学に研究部門を開設 三菱重工からも研究者
今年4月、全国共同利用・共同研究拠点の1つで原子核理学の研究を進める東北大電子光理学研究センターに「凝縮系核反応共同研究部門」が誕生した。セン ターと研究開発型ベンチャーのクリーンプラネット(東京・港、吉野英樹社長)が共同で設立した。原子核物理学が専門の笠木治郎太・研究教授が中心となり、 小型装置を使う低温条件での核変換技術の開発を進める。放射線が出ない水素をヘリウムに核変換したり、数十万年以上も放射線を出し続ける物質を放射線が出ない安定な物質に変えたりして熱エネルギーを取り出し、活用するのが目標だ。
ジルコニウムに重水素ガスを当てて核変換と熱発生を調べる(東北大学)
身の回りのあらゆる物質を構成する原子は、原子核とその周りを包む電子でできている。陽子と中性子が集まってできている原子核は、「水素」や「ウラン」と いった元素の種類を決めるが、極めて頑丈でよほどの刺激を与えないと形を変えない。ただ高速の中性子をぶつけるなどして高いエネルギーを加えると、原子核 が2つに分かれるなどして別の物質に変わる。原発で使われる「核分裂」反応はその代表で、原子核を2つ以上に小さく分ける時に発生する熱を発電に利用している。これに対して「核融合」は、2つ以上の原子核を合体させて別の物質を作る。核変換は、核分裂と核融合の両方を含む技術だ。
笠木研究 教授らは長年、放射線をださない重水素(重さが2倍の水素)を2個融合してヘリウムと熱を発生させる核融合の実現を目指してきた。現在、フランスに建設中の国際熱核融合実験炉(ITER)で使う予定の重水素とトリチウム(3重水素)を核融合させる反応に比べ、弱いながらも放射線を出すトリチウムを使わないのが特徴だ。
重水素の融合にはナノ(ナノは10億分の1)メートル大の金属微粒子を使う。高圧の重水素ガスの中に粒子を入れることで、粒子の表面か内部で重水素同士が核融合し、安定なヘリウムと熱が発生すると期待している。
さらに今年4月に三菱重工業から移った岩村康弘・特任教授が加わり、放射線のベータ線を数十万年以上出し続ける放射性パラジウムを放射線を出さない安定なスズ、同セレンを安定なストロンチウム、放射性ジルコニウムを安定なルテニウム、放射性セシウムを半減期が13.6日と極めて短いプラセオジムに変える研究に着手した。
いずれも放射性を帯びたパラジウム、セレン、ジルコニウム、セシウムは原発で発生する何種類もの放射性物質の中でとくに処理が難しいとされる。こうした「核のごみ」を放射線を出さない物質に核変換する技術は、政府が昨年度始めた大型研究プロジェクト「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」のテーマに選ばれた。
ImPACTで進める核変換研究には東北大と三菱重工など、10以上の機関が加わる。放射性物質に中性子を当てて原子核に含まれる中性子の数を変え、放射線が出ないようにする研究を中心に据えている。ただ、これには中性子を発生させて加速し、物質に当てる大がかりな装置が必要だ。
■簡単な装置で「核変換」を可能に 未解明現象の追求続ける
そこで笠木研究教授らは、放射性物質と重水素や水素のガスを反応させるだけで、核変換を起こす研究に取り組むことにした。装置の構造も単純で済む。
実は、こうした研究が20年以上前に一大フィーバーになったことがある。1989年に米英の研究者が実験で可能性を示した。当時は、低い温度で水素原子どうしが核融合を起こす可能性から「常温核融合」や「低温核融合」といわれた。もともと核融合は地上の太陽ともよばれ、数百万度以上の高温でなければ生じないと考えられていたため、世界中で大騒ぎになった。しかし、最初の発表者が核科学の専門家ではなかったことや、後で実験データの問題点が次々と指摘されたことなどから信頼されなくなり、多くの科学者が研究から撤退した経緯がある。
5月13日に東北大学で開いた核変換のセミナー(東北大学提供)
笠木研究教授は、当時を振り返ってこう語る。「世界中の研究者が競って追試実験に取り組んだ。新たな成果も出されたが、十分な議論をしないまま論文になったり、論文審査が甘かったりした例もあった」。その後、一転してこの分野の論文が採択されなくなったという。
だが笠木研究教授は「核科学の常識ではあり得ないデータが出ているのだから、メカニズムを解明する必要があると思った」と研究を続けてきた理由を説明する。岩村特任教授も「当時は原子力事業に携わる人たちからも信じてもらえなかったが、放射性廃棄物を安全な物質に変える技術は必要だ」と意気込む。
東北大の凝縮系核反応共同研究部門のPRのため、笠木研究教授らは今年5月に仙台と東京で核変換のセミナーを開いたが、延べ160人ほどが出席した。
原発は高レベル放射性廃棄物の最終処分場が決まらず、「トイレなきマンション」と批判されてきた。いつ実現するかは見通せないが、多様な核変換の研究開発の推移を見守りたい。
(科学技術部 黒川卓)
Category: 原子力発電, 技術, 核融合, 水素, 開発. Bookmark the permalink.