[ネオジム磁石発明への道] 佐川真人氏(7)


[日本経済新聞電子版2016年12月16日配信]
転職目前、ネオジム磁石誕生 ひとりぼっちの実験室で
仕事人秘録 大同特殊鋼顧問・佐川真人氏
サラリーマン時代に電気自動車(EV)や風力発電などの普及に貢献する最強の磁石「ネオジム磁石」を発明した佐川真人氏(73)の「仕事人秘録」。富士通に辞表を出して(前回「最強磁石の研究、会社は認めず夜や土日に 38歳で退社」参照)当時の住友特殊金属に転職しますが、実はネオジム磁石が誕生したのは転職活動中に使っていた富士通の実験室でした。
会社の規定で辞表提出後も3カ月間在籍。転職先を探しつつ誰もいない実験室で細々と研究を続けた。管理職は退職まで3カ月間会社に残る義務がありました。上司とけんかして辞表を提出した私から同僚は遠ざかっていきました。職場で話しかけられることもなくなり、飲み会の約束もキャンセルされました。「会社とはこういうものか」と寂しい気持ちになりましたね。
じっと座っているのは嫌だったので空いている実験室を使わしてほしいと、けんかした上司に頼み込みました。上司は東北大院の先輩でもあり、何かと私に目をかけてくれていた人でした。武士の情けなのか、思いがけず了承してくれました。おかげで、たまっていたアイデアを退職までの3カ月間で思いっきり試すことができたのです。
実はこの時に、ネオジム磁石のセル状組織(「ネオジム磁石のヒント得る『鉄の壁』克服へ実験」参照)をつくることに成功しています。ひとりぼっちの実験室。「カッチーン」と音を立てて私がつくった合金が鉄板に吸い付いた。まだまだ弱々しい磁力でしたが、ネオジム磁石誕生の瞬間です。私は天井に手が届かんばかりに跳ね上がって1人で大喜びしていました。
転職活動のため住友特殊金属(現・日立金属)にかけた1本の電話が運命を決定づける。
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住友特殊金属入社後、実験室ができた時に磁石研究チームで記念撮影(前列から2列目左から3人目が本人)
辞表を提出した後、関西の磁石メーカーに転職しようと大阪に本社があった住友特殊金属の社長宛てに「コバルトを使わない最強磁石のアイデアがある」と手紙を書きました。けれど数週間たっても返事はない。家内の勧めで会社に直接電話をかけました。代表番号にかけて受付の女性に「社長室をお願いします」と言ったら普通は秘書が対応しますよね。けれど、いきなり岡田典重社長(当時)が電話口に出られた。手短に最強磁石のアイデアを説明すると「すぐに面接に来てくれ」と言われました。
岡田社長の強力なバックアップのおかげでネオジム磁石が発明できました。事業が軌道に乗った後になってのことですが、岡田社長が「佐川君、この電話だよ」と、私から電話がかかってきた社長室の電話機を見せてくれました。「秘書が出ていたらなかなか取り次いでもらえなかったよ」と笑って話されていたのを今でもよく覚えています。
岡田社長は私のアイデアを気に入り「お金も人も糸目をつけないから、すぐに開発してほしい」と言ってくれ、面接してすぐに採用が決まりました。可能性を認めてくれる人とようやく出会い、とてもうれしかったです。当時の住友特殊金属の従業員は1000人程度。親会社の住友金属(現・新日鉄住金)は鉄鋼大手でしたが、その中の特殊金属部門のような会社でした。経営状況は当時よくなかったみたいで、私が取り組んでいた最強磁石に岡田社長も望みをかけていたのだと思います。私も富士通からベンチャーに移るような気持ちで入社しました。
(安原和枝)
[日経産業新聞2016年12月16日付]
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