高効率・省資源・軽量化実現、30年「クルマの新材料」


[日本経済新聞電子版2017年3月03日配信]

2030年のクルマは電動化や自動運転で大きく変わる。しかし、変革はそれだけではない。

2020年代に実用化される材料の一世代先の材料が登場しているだろう。電池、モーター、インバーターといったパワートレーン、外装・内装のボディー、さらに希少資源を置き換える新材料の芽が生まれつつある。

新しい材料がクルマに採用されるためには、民生用の電子機器以上に困難が待ち受けている。その第一の理由が、使用量の多さである。1分足らずという非常に速いタクトタイムで大量生産するクルマにとって、少量しか供給できない材料はそもそも採用の俎(そ)上にも載らない。

さらに、低コストへの要求も厳しい。自動車が発明されてから車体用材料として今でも主流の鋼材の価格は100円/kg程度と極めて安価。この鋼材を差し置いて採用されるためには、その材料ならではの特性を研ぎ澄まさなくてはならない。信頼性を検証するための時間も必要だ。一度採用されれば、モデルチェンジするまでの5~7年間は造り続ける他、そのクルマが市場に出て廃棄されるまでの10年以上にわたる耐久性が求められる。

こうした理由から材料の“世代交代”はそう簡単には進まない。現在、次世代のパワー半導体として話題になっているSiC(炭化ケイ素)も、本格的な採用は2020年頃の見込み。夢の材料として提案されたものの、実用化の音沙汰がないという例はいくつもある。

ただし、これからのクルマの進化には大幅なスピードアップが求められている。燃費や電費といったエネルギー効率の向上の要求は待ったなし。2050年には内燃機関だけのクルマは限りなくゼロにすることが求められる。

その手前の2030年においても、電動車両の割合は大きく高まることが予想される。より少ない電池、効率の高いインバーター、希少資源の使用量が少ないモーターなどが求められている。

■EVの航続距離を3倍に

今後の材料で重要なキーワードの一つが「エネルギー効率の向上」だ(図)。2030年には新車で販売されるクルマのほとんどは電動化技術を搭載しているはずだ。この時、電気エネルギーをいかに効率良く使えるかが鍵になる。

2030年のクルマ材料「三つのポイント」

電気自動車(EV)の普及を妨げている大きな理由の一つ、「航続距離の短さ」を解決する有望な技術として2025~2030年ごろの実用化を見込むのが、全固体電池である。同電池は、様々なポストリチウムイオン電池の候補の中で、最有力とされる。

電池研究者は一つの開発目標として、エネルギー密度で700Wh/kgの実現を目指す。これは、既存のリチウムイオン電池の3倍を超える数値だ。単純に考えれば、EVの1回の充電での走行距離を3倍に延ばせる。

全固体電池は、電解質に無機系の固体物質(固体電解質)を用いる。ここで注目されている材料が、従来の有機電解液のイオン伝導率(リチウムの拡散速度を示す指標)を上回るLGPS系の固体電解質(リチウム、ゲルマニウム、リン、硫黄から成る硫化物系結晶質)だ。全固体電池の研究開発を長年続けてきた東京工業大学物質理工学院応用化学系教授の菅野了次氏は「世界最高のイオン伝導率」を実現したとする。

電動車の進化の鍵を握るのは電池だけではない。モーターを制御するパワー・コントロール・ユニット(PCU)のパワー素子でも、従来より低損失で、小型化できる材料が開発されている。

PCUのパワー半導体材料は現在、Si(シリコン)が中心だが、2020年代にはSiCの本格普及やGaN(窒化ガリウム)の実用化、さらに2030年代にはGa2O3(酸化ガリウム)の実用化が見えてきた。

Ga2O3の利点は、次世代パワー半導体の中では最もコストを抑えつつ、SiCやそれを上回るGaNと同レベルの性能を達成できること。インバーターの容積は、現在のSiの5分の1以下になる可能性がある。

電力を伝える電線としての応用が期待されているのが、カーボン・ナノ・チューブ(CNT)である。CNTは、6員環の炭素原子が並んだ直径がナノメートル(nm)オーダーと小さな円筒状の材料。円筒が1本なら単層品で、複数の円筒が重なったものが多層品である。

このうち単層品は多層品に比べてはるかに性能が高く、導電性や熱伝導性が優れることに加え、質量はアルミニウム(Al)の半分ほどである。この応用先として、自動車技術者が大きな期待を寄せるのが、EVなどに使う駆動モーターの電線だ。2030年頃の実用化を目指して研究が進む。

電動車両向けではないが、エンジン車が無駄に捨てている熱を利用して、発電することでエネルギー効率を高められる熱電変換材料も2030年に向けて注目される技術だ。

■天然資源から新たな材料を

石油資源を使わずに天然資源から新たな材料を生み出したり、希少資源の使用量を抑える “省資源”を可能にしたりする材料開発も進んでいる。

地球上に豊富にある水とCO2(二酸化炭素)を使って、石油資源に変わる炭化水素を造り出そうというのが人工光合成である。ここでは、太陽光を使い水からプロトンと電子を発生させる酸化電極と、プロトンと電子でCO2を還元し、炭化水素を造りだす還元電極が必要になるが、後者ではCO2とプロトンを反応させて、メタンやエチレンといった炭化水素を生成できる銅(Cu)系触媒が注目されている。

同技術を活用した昭和シェル石油では、植物の光合成並みの効率を実現したとしており、この効率がもっと高まれば、ガソリンや軽油に代わる燃料を天然資源から造れるようになる。

希少な天然資源を使わないという意味では、永久磁石式モーターに使われるネオジム磁石の代替となる新磁石の開発も重要だ。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を基軸に重希土類を使わない磁石の開発を推進している。NEDOは180℃で従来磁石の2倍の磁力を持つ「ポストネオジム磁石」の研究も進めており、2021年までに実用化のメドをつけ、2030年ごろには車載の駆動モーターに使われることを目指している。

注目されているのは、希土類元素が1に対して鉄(Fe)が12という成分比率の「1-12系希土類磁石」と、Feとニッケル(Ni)から成るL10型と呼ばれる結晶構造を持つ「L10型FeNi磁石」だ。

■車体質量の2割軽量化狙う

さらに、車両の軽量化への要求も高まる一方だ。車体質量は軽ければ軽いほど、加減速にかかるエネルギーを小さくできるし、定常走行している時に必要なエネルギーも減らせる。軽量化に向けては炭素繊維強化樹脂(CFRP)といった先端材料も実用化されつつあるが、金属および樹脂系でそれとは異なる材料も開発されている。

その一つが、セルロース・ナノ・ファイバー(CNF)。これは、植物の細胞壁内に存在し、直径が数nm、長さが数ミクロン(μm)ほどで繊維状のもの。樹脂に混ぜることで、樹脂の強度を高めてクルマの部品としての適用の幅を広げる。鋼板の代替で使えば、車両質量を2割ほど軽くできる。

京都大学を中心とする研究チームが企業と連携してポリアミド(PA)にCNFを質量比で約5%添加してエンジンカバーを試作したところ、ガラス繊維を質量比で約30%混ぜたガラス繊維強化樹脂(GFRP)に対して、約3割軽くできた。

クルマ部品への採用の課題はコストだ。現在CNFは数千円/kg程度で、炭素繊維の約3000円/kgよりも高い。製造プロセスの改良と量産効果により2030年には500円/kgまでコストを下げられると見込む。

金属材料で軽量化を狙うのが、マグネシウム(Mg)合金だ。Mg合金の密度は1.7g/cm3(立方センチメートル)で、鉄の約4分の1、Al合金の約3分の2である。実用金属の中では最も軽く、CFRPやGFRPと同等だ。Mg合金をボディーに適用すれば、自動車をより軽くできる。

自動車用にも期待されている人工クモの糸(紡ぎ出される糸、スパイバー提供)

「燃えやすい」「加工が難しい」「耐食性が低い」という弱点も克服されてきている。「新構造材料技術研究組合(ISMA)」の研究グループによれば、開発した加工性に優れる高強度のMg-Al-Ca-Mn系合金は、250MPa(メガパスカル)以上の引っ張り強さ、15%以上の伸び、5m/分の押し出し速度を実現し、いずれも6000系Al合金と同等の値ながら、難燃性の要件をクリアした。

軽量化ではこの他、質量当たりの強度が鉄鋼の4倍で、同時にポリアミドよりも高い伸縮性を備えるという天然のクモの糸を人工的に造るベンチャー企業Spiberの取り組みも注目だ。Spiberは、人工クモの糸を「2030年ごろには自動車用途で幅広く活用されるようにしたい」と意気込む。

また、東レはベースのポリマーに対して、破断伸びは約6倍、屈曲耐久性は約20倍、エネルギー吸収性能は2倍強という、通常時は硬く強く、衝撃を受けても壊れにくい環動ポリマー構造導入樹脂を開発した。

(日経Automotive 林達彦)

[日経Automotive2017年2月号の記事を再構成]

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