希土類磁石(ネオジム(ネオジウム)磁石、サマコバ磁石)、フェライト磁石、アルニコ磁石、など磁石マグネット製品の特注製作・在庫販売

すぐ近くにあるネオジム磁石(3) <はやぶさ2のイオンエンジン>

今回は、惑星探査機を陰で支える永久磁石についてのお話になります。

JAXAが運用する小惑星探査機「はやぶさ2(Hayabusa2)」は、2014年12月3日に種子島宇宙センターから打ち上げられ、2018年6月、地球から約2億8000万km離れたC型小惑星「リュウグウ」に到着、2019年2月と7月に着陸し、表面と地下物質の採取に成功しました。そして、2020年12月6日、リュウグウのサンプルを地球に持ち帰る「サンプルリターン」ミッションに成功しました。太陽系誕生の起源や有機物、水をもたらした謎を探るため、計2回の着陸、人工クレーター生成、深宇宙での高速通信などを実施した後、現在は次の小惑星を目指し飛行中です。

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はやぶさ2の装備概要(JAXA)

初代「はやぶさ」では、イオンエンジンによる新しい航行方法を確立しながら、太陽系の起源の解明に繋がる手がかりを得ることを目的に、なんとか小惑星「イトカワ」のサンプルを持ち帰りました。

「はやぶさ2」では「はやぶさ」で培った経験を活かしながら、太陽系の起源・進化と生命の原材料物質を解明するためのサンプル採取をはじめ、改良されたイオンエンジンμ10や各種装置の性能、耐久性などの工学的データ収集が目的でした。現在は次のミッションのために、別の小惑星「1998 KY26」へ向かって航行中で、2031年到着予定です。

<イオンエンジンとは>

イオンエンジンとは、プラズマを静電加速して推力を得る静電加速型推進機で、主に宇宙探査機や衛星などの推進力を得るために使われています。

宇宙機(spacecraft)の推進システムは、ガスなどを噴射する化学推進系と電気推進系の2種類に大別されます。化学推進系とは、化学反応の一種である燃焼によって推進力を得るものです。化学推進系は推力が非常に大きい一方、比推力というエンジンの燃費に相当する値が低いのが特徴です。

化学推進系は比推力が低いものの推力は非常に大きいため、人工衛星やスペースシャトルなどの打ち上げの際にも使われます。一方、電気推進系は、電気エネルギーを用いて推進剤を加熱したり加速させたりして排気し、推力を得るエンジンです。化学推進系に比べると推力は低いですが、比推力が高いため、少ない燃料で長く進むことができます。そのため遠くの目的地まで到達することができ、深宇宙探査や衛星の軌道修正などに使われます。

次図は「はやぶさ2」のリュウグウ到着までの航跡ですが、直線距離は2億8000万kmですが、推進エネルギーの燃料消費を最小限に抑えるため、地球の重力や公転運動を利用したスイングバイや、時折イオンエンジンの推力を利用しながら、3年半をかけて約32億kmの旅を続けました。

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はやぶさ2のリュウグウまでの航跡

<イオンエンジンの構造>

イオンエンジンではまず燃料をプラズマ化し、その中からイオンのみを抽出します。その後イオンを加速させて推力を得る仕組みです。そのためイオンエンジンは主に(1)イオン生成部、(2)加速部、(3)中和部、の3つの領域から構成されています。ここで注目されるのは、「はやぶさ2」のイオンエンジンでは、イオン生成部と中和部で高性能永久磁石が大きな役割を果たしているということです。

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マイクロ波放電式イオンエンジンの概略構造(松定プレシジョン株式会社)

(1)イオン生成部(Ionization)

燃料(推進剤)を電離して、イオンを生成する部分ですが、「はやぶさ2」ではキセノン(Xe)ガスを燃料としています。この燃料をアーク放電やマイクロ波などによって加熱、電離させてプラズマ化します。プラズマの生成方法には、「直流放電式」、「RF (Radio Frequency) 誘導放電式」と「マイクロ波放電式」の3種類があります。

「はやぶさ2」で採用されたマイクロ波放電式では電極を必要としないため、その寿命による寿命制限がありません。また、地上で試験を行う際に大気曝露に対する保護の必要がないなどの特徴があります。またプラズマの点火に際し、特殊な手順や付加装置が必要ないため、イオンエンジン全体の簡略化や長寿命化につながります。したがって、この方式は、1万時間を超えるような長期間のミッションにとっては不可欠になっています。

(2)加速部(Acceleration)

イオン生成部で生成されたイオンを加速させ、推力を得るための部位です。

スラスタの前に複数(2~3)枚の多孔状の電極グリッドを設置し、そこに数百〜1000Vの高電圧を印加します。この電位差によってプラズマ中のイオンだけを引き出し、加速させます。

(3)中和部(Neutralization)

イオンエンジンはプラスイオンのみを抽出します。そのため、そのままでは衛星が短時間のうちに負に帯電してしまいます。そうなるとイオンビームが逆流し、推力を発生させられなくなってしまいます。そこで中和器を用いて電子を放出し、イオンビームを中和します。これにより衛星が帯電せず、エンジンから推進力を発生させ続けることができるようになります。

<イオン生成部の構造>

前項ではイオンエンジンの全体概略図を示しましたが、「はやぶさ2」のイオン生成部(Ionization)の詳細は以下のようになっています。

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はやぶさ2のマイクロ波放電式イオンエンジンイオン生成部(宇宙科学研究所)

前図は、マイクロ波放電式イオンエンジンμ10のイオン生成部です。マイクロ波を伝搬させるための導波管が、放電室につながれています。放電室には角型棒状の2列の強力な磁石が設置されています。電子は、磁力線をクルクルと回りますが(サイクロトロン運動)、この周波数がマイクロ波の周波数4GHzと一致すると、電子が共振しエネルギーを得ます。これを磁石間で反復運動しながら続けると、電子が燃料のXe原子(キセノン原子)に衝突し、電離させるのに充分なエネルギーを得ます。これを電子共鳴加熱(ECR加熱)といい、効率的にプラズマを作るにはある程度反復運動をさせ続けて充分なエネルギーを得たところで、Xe原子にぶつける必要があります。

<イオン生成部の永久磁石の役割>

従来のイオンエンジンは「放電電極」を使ってプラズマを作っていましたが、電極は時間とともに削れて寿命が尽きる欠点がありました。しかし、前図のように、JAXA の方式は永久磁石とマイクロ波を使う無電極放電を採用したため、物理的な摩耗が極めて少なく、数万時間に及ぶ宇宙運用を可能にしました。

使用されている永久磁石は過酷な宇宙空間やプラズマによる熱に耐えるため、強力で熱に強い磁石が必要になります。そこで、希土類磁石である「サマリウムコバルト(サマコバ)SmCo磁石」は磁力が強く、かつ耐熱性に優れているため、多くのイオンエンジンで採用されていて、実際「はやぶさ2」にも使われています。なお、ネオジム磁石の磁力はサマコバ磁石より強力ですが、耐熱性や温度変化の点で劣り、今のところ採用されていないようです。

サマコバ磁石の配置は、前図のようにエンジン内部(放電室)の周囲にリング状やカスプ状(格子状)に配置され、最適な磁場形状を作り出しています。「はやぶさ(初代)」から「はやぶさ2」への進化において、磁石配置の最適化が大きな役割を果たしました。磁場強度の最適化: 磁石の配置をミリ単位で調整し、マイクロ波が電子を加速するECR領域を拡大しました。

このように内部の磁場分布を改善したことで、生成されるプラズマ密度が上がり、初代(約8mN)から「はやぶさ2」(約10mN)へと、約25%の推力増強に貢献しました。

<中和部における永久磁石の役割>

中和部(中和器)はマイナスの電子を放出して、プラスに帯電したイオンビームを中和します。ここでも、「はやぶさ2」はマイクロ波放電式の中和器を採用しています。

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マイクロ波放電式中和器の概略図(左)と内部プラズマの観測写真(右)(宇宙科学研究所)

イオンエンジンの中和器に使用される永久磁石は、プラズマの生成や制御において重要な役割を担っています。特に日本の探査機「はやぶさ」や「はやぶさ2」に搭載されたマイクロ波放電式中和器では、その性能を支える中核的な部品です。

中和器における永久磁石の主な役割は、イオン生成部と同様、電子サイクロトロン共鳴(ECR)を利用した効率的な電子の生成と、プラズマの閉じ込めです。中和器内部の放電室を取り囲むように、リング状や箱状の磁石が配置されます。

永久磁石は強力な磁場(例:約0.15 T)を発生させ、そこにマイクロ波を投入することで、電子を高速で回転運動(サイクロトロン運動)させます。これによりガス分子との衝突確率が高まり、電極(フィラメント)を使わずに効率よくプラズマを発生させることができます。

プラズマの閉じ込め: 磁力線によって電子を放電室の中央付近に保持し、壁面への衝突による消失を防ぎます。これにより、安定した電子の放出(中和)が可能になります。

使用されている永久磁石は、「サマリウムコバルト(SmCo)磁石」になります。理由は、イオン生成部の磁石と同様、宇宙空間やエンジン内部の過酷な熱環境下でも磁力が安定しており、高温耐性に優れているためです。今のところ、イオン生成部と同じく、中和器でもネオジム磁石は耐熱性、温度安定性の点で採用は見送られているようです。

<まとめ>

以上のように、「はやぶさ2」のイオンエンジンには、イオン生成部や中和器の重要な役割を担って希土類磁石・サマコバ(SmCo)磁石が使用されていて、惑星探査・宇宙探査において大きな貢献をしていることがお分かりになったでしょうか。

今後、同じ希土類磁石のネオジム磁石の耐熱性や温度安定性がさらに改善されて行けば、いずれ、ネオジム磁石もイオンエンジンなどの重要な宇宙機器にも採用が拡がって行くものと思われます。

(参考・引用資料)

「おもしろい宇宙の科学(21)<太陽系-その13(小惑星)>」NeoMag通信 2019.05.01

https://www.neomag.jp/mailmagazines/topics/letter201905.html

「イオンエンジンとは? 仕組みや構造・用途について」松定プレシジョン・技術コラム 2024.02.07

https://www.matsusada.co.jp/column/ion_engine.html

「イオンエンジンの作動原理」九州大学総合理工学府先端エネルギー理工学専攻山本研究室

https://art.aees.kyushu-u.ac.jp/research/elec/Ion/principle.html

「マイクロ波イオンエンジンの進化と電気推進をめぐる国際競争」宇宙科学研究所 ISASニュース 

2016.11 No.428 宇宙飛翔工学系 助教 月崎竜童

https://www.isas.jaxa.jp/feature/forefront/161130.html

「イオンエンジン中和器内部のプラズマ生成部の観測に初めて成功」宇宙科学研究所 あいさすGATE

2023.04.13 森下貴都・宇宙科学研究所 専門・基盤技術グループ

その他、AIによる各種調査資料